両親と同居していた。

練習を始めた。

敗戦のような大きな挫折に出会うと、今度は損をしないようにという功利的な面でしか物事をとらえられなくなってしまう。
いまの教育上のいろいろな現象、受験の過熱、自殺、非行、それらはすべて、戦後の日本の功利的な、あるいは目に見える効率のいいものだけを大事にした社会の風潮が、子供たちにしわ寄せされているのではないかと考えると、私は子供たちが可哀相でならない。
親たちは今こそ子供のために真の宗教心を燃やすときである。長らく大船の栄光学園園長であったグスタフ·フォス神父と教育についての対談をしたことがある。

  • 母さんはいろいろ忙しいんだ
  • 子どもの言わず語らずの反応
  • 両親も教師もうれしさを感ずるでしょう。

勉強をしているのではないからです。今日の日本の教育は、進学のための知識は多く与えるけれど、人間教育の土台となるはずの正義や倫理や宗教などに関する知識は絶対に足りない人間には善を愛する心と悪に強く引かれる心の両面があり、これが人間教育の根本であるけれど、そこをつかんでいない学校教育家庭教育の中で、善悪の判断がうすれ、その場その場の単なる自己中心的な期待だけに支配されるようになると神父は言われ、同感であった。成績の落ちこぼれより、心の落ちこぼれを私たちは恐れたいと思う。
大阪で、夜十時過ぎ、ホテルに行こうと思って歩いていたとき、信号があった。その辺は官庁街で、人通りも少ない。しかし私は信号を守って、赤信号で立っていた。すると、隣にいた母親と娘が、赤なのにスタコラ歩いていく。次の信号でもまたその母娘は、赤信号でも平気で突っ切っていく。
そこで私は、大阪というところは信号を守らない、東京よりそれだけ非文化的な町なのかと思って、大阪のひとにそれを話した。「大変悪いけれども、大阪はそれだけ社会性がな
いんじゃないか」と言うと、「いいえ、違います。大阪の方がそれだけ文化的なんです。あたりの状況を見て、赤でも、走る車がなければ、臨機応変です。子どもはだ

 

教育にはきびしい目を向けているようだ

東京の人間はそれだけ非文化的なんです」という答が返ってきた。
前述の東京都都民生活局の意識調査で、あなたは、信号が赤のとき車が走っていなかったら、通りますかという問いに対して、通るという母親の方の答は三三パーセントとなっている。要するに母親が、あたりを見回して、赤だけれども車が通らない、さあ、行こうと言うものが多いのである私は、たとえ車が1台も通らなくても、信号が赤だったら通ってはいけないという法律を、母親も父親も社会も、みんな守るべきだと思うが、現実は、臨機応変で渡ってしまう。
それは結局、経済的な効率を考える思想で、何も通らないのに立っているのは、時間がもったいないという考えなのかもしれない。これは、混んでいる電車で、子供を先にもぐり込ませて席を確保する母親の考えと全く同じではないだろうか。お母さん、三十代から四十代の働らきざかりの活気溢れるお母さん。どうぞ子供たちのためによりかしこく、よりやさしいお母さんとしてかがやいて下さい。
父親の早期接触の重要さについての研究もある。
子供はホッとしてまた同じことを繰り返します。
教育勅語ちんおもわくわうそくわうそうくにはじくわうゑんとくしんこうわしんみんよちゆう朕惟フ11我カ皇祖皇宗國ヲ肇ムルコト宏遠ニ徳ヲ樹ツルコト深厚ナリ我カ臣民克ク忠かうぉくてうこころいちょよそわこくたいせいくわけういくえんげん11克ク孝11億兆心ヲ一ニシテ世世厥ノ美ヲ濟セルハ此レ我カ國體ノ精華ニシテ教育ノ淵源またじつここそんなんぢしんみんふぼ亦實ㄧ一些ㄧ存ス爾臣民父母11孝ニ兄弟ニ友二夫婦相和シ朋友相信シ恭儉己レヲ持シ博愛しゅうおよ衆11及ホシ學ヲ修ㄨ業ヲ習ヒ以テ智能ヲ啓發シ徳器ヲ成就シ進テ公益ヲ廣メ世務ヲ開キつねこくけんおもんこくはふしたがいったんくわんきふ常11國憲ヲ重シ國法1一遵ヒ一旦緩急アレハ義勇公ニ奉シ以テ天壤無窮ノ皇運ヲ扶翼かうけいていいうふうふあひわほういうあひしんきょうけんおのはくあいがくをさげふならもっちのうけいはつとくきじゃうじゆすすんこうえきひろせぃむひらぎゅうこうほうもってんじゃうむきゅうくわううんふよくかくごとひとちんちゅうりゃうしんみんまたもつなんぢそせんゐふうけんしゃうスへシ是ノーキハ獨リ朕カ忠良ノ臣民タルノミナラス又以テ爾祖先ノ遺風ヲ顯彰スル11足ランこみちじつわくわうそくわそうゐくん斯ノ道ハ實ニ我カ皇祖皇宗ノ遺訓ニシテ子孫臣民ノ倶11遵守スヘキ所之ヲ古今ニ通シテしそんしんみんともじゅんしゅところこれここんつうあやまこれちゆうぐわいほどこちんなんぢしんみんともけんけんふくようみなそのとくもといつ謬ラス之ヲ中外ニ施シテ悖ラス朕爾臣民ト倶11拳拳服膺シテ咸其徳ヲ一こひねが庶幾フニセンコトヲ明治二十三年十月三十日睦仁天皇御璽本来は旧字体ですが、画面上新字体にしています。

 

先生がくれたわけで啓子もつい追いついてくれて

ご了承ください。
期待される人間像本文まえがき
第二部この期待される人間像は、「第一部とくに期待されるものから成っている。
当面する日本人の課題」
と日本人にこの期待される人間像は、第1後期中等教育の理念の三人間形成の目標としての期待される人間像において述べたとおり、後期中等教育の理念を明らかにするため,主体としての人間のあり方について、どのような理想像を描くことができるかを検討したものであるとくに教育者その他人間形成の任に携以下に述べるところのものは、すべての日本人、わる人々の参考とするためのものである。

母親がとりなせば

それについて注意しておきたい二つのことがある。
ここに示された諸徳性のうち、どれをとって青少年の教育の目標とするか、またその表現をどのようにするか、それはそれぞれの教育者あるいは教育機関の主体的な決定に任せられていることである。しかし、日本の教育の現状をみるとき、日本人としての自覚をもった国民であること、職業の尊さを知り、勤労の徳を身につけた社会人であること、強い意志をもった自主独立の個人であることなどは、教育の目標として、じゅうぶんに留意されるべきものと思われる。ここに示したのは人間性のうちにおける諸徳性の分布地図である。その意味において、これは一つの参考になるであろう。
古来、徳はその根源において一つであるとも考えられてきた。それは良心が1つであるのと同じである。以下に述べられた徳性の数は多いが、重要なことはその名称を暗記させることではない。むしろ一つでも二つでも、それを自己の身につけようと努力させることである。そうすれば他の徳もそれとともに呼びさまされてくるであろう。

当面する日本人の課題

今後の国家社会における人間像はいかにあるべきかという課題に答えるためには、第一に現代文明はどのような傾向を示しつつあるか、第二に今日の国際情勢はどのような姿を現わしているか、第三に日本のあり方はどのようなものであるべきかという三点からの考察が必要である現代文明の特色と第一の要請現代文明の一つの特色は自然科学のぼっ興にある。


子どもはだ 教育も何もとらえていない。 子どもはだ