子どもにもそういう

子ども集団になじめないのだ

たしかに比率としては、その傾向はあるでしょう。大学でも、理系学部ではクラスのほとんどが男子で女子は数人、ということが多いようです。
けれども、今は理系に進む女子も増えてきています。また、大学自体にも近年の改革で、文系、理系を分断することなく総合的に学べる学部も増えてきました。
お母さんが娘さんに対して、しかねません。
女の子は文系よね
といった考えをずっと示し続けると、娘さんは理系科目に興味を持てなかったり、苦手意識を持ちやすくなったり今という時代を生きる女の子には、じつにもったいないことです。
たしかに算数や理科が好き、得意である男の子は多くいるのかもしれません。
男の子が好きな遊びと言えば、ブロックだったりパズルだったり、好きな本も図鑑だったり、理系的なものが多い印象です。
けれども、それでは女の子は元々理系に向いていない、好きになれないかというと、決してそんなことはなく、環境次第ではないかと思います。
子どもをもつ

子供を叱るというのは親にとっても哀しいことです。

あるお母さんのお話ですが、姉と二人姉妹だった子どもの頃、家にある本は物語ばかりで図鑑はひとつもなかったそうです。
理系的なものにふれる機会がまったくなく、理科は番の苦手。まったく興味が持てなかったと言います。
やっぱり自分は理系に向いていないと思い続けてこられたようですが、男女の子どもを持ってから、実は環境さえあれば理系に興味を持てていたかも?
たそうです。家にたくさんあるお兄ちゃんの図鑑を妹がたびたび眺め、生き物にどんどん詳しくなっていく様子に気づかれたからです。

 

教育をしているようであるが校長


子供たちの回答

と思っ
自然科学にふれる機会を意識的に与える
また、社会科につながること、たとえば世の中の出来事やニュース、地理などへの興味も、男の子のほうが高いように見受けられます。
けれども、これもやはり環境さえ整えば、女の子も興味関心を持つものだと思います。女の子が向いていないなどということは決してありません。
ただ、女の子の場合、自分から図鑑などをほしがる傾向は少ないかもしれません。そんな場合には、親の側で用意してあげる必要が出てきます。いろいろな方面に興味を持てるような環境を、日頃から意識的につくっていきましょう。
女の子が好むようなことはすでにいろいろしているでしょう。反対に、男の子が好むようなことをさせてみるのもよいと思います。
家に図鑑やパズル、ブロックを置いておく。
大学でベンチャー論という

育児書を読んでも自分博物館や科学館に連れて行く。どんなことでもよいのです。
図鑑があれば見るかもしれない。ブロックがあれば遊ぶかもしれない。
もしかしたら興味を持つかも……。そのくらいのゆるやかな気持ちで、博物館に行けばおもしろいと思うかもしれない。
機会は与えておくのがよいと思います。
必ずしも興味を持つというわけではありません。
環境がなければ興味の持ちようもちろん、本人の好き嫌いはあるでしょう。
がないのです。
環境を整えたからといって、ですが、
苦手だから

の消去法で進路を決めたくない一方で、いくらリケジョが取り上げられる時代だからとはいえ、なにがなんでも娘を理系に……などとする必要はありません。どんな道を選んでもよいのです。
ただ、選択肢はたくさん与えてあげたい。いろいろ興味を持った結果、私は文系にするという主体的な選択であれば、自己肯定感も上がります。
残念なのは、理系が無理だから文系に行くというような、OOが無理だからにするという進路の決め方です。
学校に貴賤はない
学校に貴賤はない

学校や受験塾

子どもの言いなりになるばかりだという経済産業省の調査で、文系進学者にどのような条件があれば理系を選んだ可能性があったか
と聞いたところ、約45%が数学や理科が不得意でなかったら
と回答したそうです。
消去法ではない、自分がしたいからこれを選ぶ
と選択していけるだけの土台を身につけさせてあげたいものです。
私の娘たちが東大に入った理由
東大という選択肢

があったかどうか私は公立高校に通っていました。高校時代はまじめに勉強していたと思いますが、自分の将来に関しては、とくに高い目標はありませんでした。
指導はその道の専門家である

子どもたちを待ち受けているのだ。

だから、大学を考えるときも先生からすすめられた大学を迷いなく受験し、進学しました。
ところが、学生時代に東京大学の同好会に入り、衝撃を受けたのです。
当時知り合った東大生は、大半がいわゆる進学校出身者でしたが、彼らの高校では東大に行くことが普通の目標だったと言うのです。
東大をめざすことが当たり前の環境にあった。だから東大に入った。見えている世界のなかで目標はつくられると考えると、はじめから東大を見ていなければ、そこに目標を定めることはない……。
こんなことに気づきました。
また、彼らは高校時代は徹底的に遊び、徹底的に勉強する仲間に囲まれ、切磋琢磨し合う経験もしてきているのです。

育てていくのです