子どもを持つ友だちができて

個性なのだと思います。

る人間となることを期さなければならない。
われわれは、これらの要請にこたえうしかしそのような人間となることは、それにふさわしい恒常的かつ普遍的な諸徳性と実践的な規範とを身につけることにほかならない。つぎに示すものが、その意味において、今後の日本人にとくに期待されるものである。

個人として

自由であること人間が人間として単なる物と異なるのは、人間が人格を有するからである。物は価格をもつが、人間は品位をもち、不可侵の尊厳を有する。基本的人権の根拠もここに存する。
そして人格の中核をなすものは、自由である。

  • 子供はどうしても服装に制約される。
  • 先生がすごくほめてたよ。
  • 子どもですとくに欲しいとなるとそれに夢中になる

子ども時代を過ごした男に対してそれは自発性といってもよい。
しかし、自由であり、自発的であるということは、かって気ままにふるまうことでもなく、本能や衝動のまま動くことでもない。それでは本能や衝動の奴隷であって、その主人でもなく、自由でもない。人格の本質をなす自由は、みずから自分自身を律することができるところにあり、本能や衝動を純化し向上させることができるところにある。これが自由の第一の規定である。
自由の反面には責任が伴う。単なる物には責任がなく、人間にだけ責任が帰せられるというのは、人間は、みずから自由に思慮し、判別し、決断して行為することができるからである。権利と義務とが相関的なのもこれによる。今日、自由だけが説かれて責任は軽視され、権利だけが主張されて義務が無視される傾きがあることは、自由の誤解である。自由の反面は責任である。これが自由の第一の規定である。
自由であることがさまざまな徳性の人間とは、基礎であるこのような意味での自由の主体であり、二個性を伸ばすこと人間は単に人格をもつだけではなく、同時に個性をもつ。学校へ行き思いもかけず

 

子どもらしさが少ないことに気付いたからです。

人間がそれぞれ他の人と代わることができない一つの存在であるとされるのは、この個性のためである。人格をもっという点では人間はすべて同一であるが、個性の面では互いに異なる。そこに個人の独自性がある。それは天分の相違その他によるであろうが、それを生かすことによって自己の使命を達することができるのである。したがって、われわれはまた他人の個性をも尊重しなければならない。
人間性のじゅうぶんな開発は、自己だけでなされるのではなく、他人の個性の開発をまち、相伴ってはじめて達成される。ここに、家庭、社会、国家の意義もある。
子育てと十年目
子どもは安心して帰る港がなくなります。
家庭、社会、国家は、経済的その他の意味をもつことはもとよりであるが、人間性の開発という点からみても基本的な意味をもち、それらを通じて人間の諸徳性は育成されてゆくのである。
人間は以上のような意味において人格をもち個性をもつが、よってはじめて達成されるのである。
それは育成されることに自己をたいせつにすること人間には本能的に自己を愛する心がある。われわれはそれを尊重しなければならない。
しかし重要なことは、真に自己をたいせつにすることである。
真に自己をたいせつにするとは、自己の才能や素質をじゅうぶんに発揮し、自己の生命をそまつにしないことである。それによってこの世に生をうけたことの意義と目的とが実現される。単に享楽を追うことは自己を滅ぼす結果になる。単なる享楽は人を卑俗にする。

 

しつけをなおざりにして

享楽以上に尊いものがあることを知ることによって、われわれは自己を生かすことができるのであるまして、享楽に走り、怠惰になって、自己の健康をそこなうことがあってはならない。
健全な身体を育成することは、われわれの義務である。そしてわれわれの一生の幸福も健康な身体に依存することが多い。われわれは、進んでいっそう健全な身体を育成するように努めなければならない。古来、知育、徳育と並んで体育に重要な意味がおかれてきたことを忘れてはならない。
四強い意志をもつこと頼もしい人、勇気ある人とは、強い意志をもつ人のことである。付和雷同しない思考の強さと意志の強さをもつ人である。和して同じないだけの勇気をもつ人である。

母親が大きくかかわっているため

しかも他人の喜びを自己の喜びとし、他人の悲しみを自己の悲しみとする愛情の豊かさをもち、かつそれを実行に移すことができる人である。
近代人は合理性を主張し、知性を重んじた。それは重要なことである。しかし人間には情緒があり、意志がある。人の一生にはいろいろと不快なことがあり、さまざまな困難に遭遇する。とくに青年には、一時の失敗や思いがけない困難に見舞われても、それに屈することなく、つねに創造的に前進しようとするたくましい意志をもつことを望みたい。不撓不屈の意志をもつことを要求したい。しかし、だからといって、他人に対する思いやりを失ってはならないことはいうまでもない。頼もしい人とは依託できる人のことである。
信頼できる人のことである。互いに不信をいだかなければならない人々からなる社会ほど不幸な社会はない。


学校へ行き思いもかけず 母親はすぐそう考える 子どもを持つ友だちができて