子供の支えになってほしい。

父親の悪口を言わなかったことです。

私はもうくおねぇちゃん〉なんだという意識が芽生えたのか、妹や年下のいとこの世話を焼きたがりました。
顔で喜んで取ってきてくれました。
私がおむつを取ってきてくれる?
と頼むと、得意その頃はマンションに住んでいて、ちょうど同じような家族構成のお友達も多く、長女は妹だけでなく、よその家の年下の子の面倒をみることも大好きでした。
少し大きくなった頃には、買い物や料理や洗濯物をたたむこと、掃除も手伝ってくれるようになりました。
本人は楽しい遊びの一環でやっていたのだと思います。
お手伝いも無理強いするのではなく、子どもがやりたいと思うことに楽しく取り組めるとよいですね。
そして、ありがとうの言葉を忘れないようにしましょう。
どうやったらもっときれいに片づけられるかな
いくようになるでしょう。
母親は自立した人です。

  • 母の甘やかしは本格化してきます。
  • 教育的にもそうした差はあるはずだ。
  • 母親がなじります。

子どもを受け止そのとき注意したいもっと早く洗濯物をたたむにはどうしたらいいかな
など、自分で工夫したり考えたりし、自分なりの決断をしてそうした体験を重ねることが、考える力や先を見通す力、段取り力など、学習にも必要な力の土台になっていくのだと思います。

外に出て自然にふれる経験をたっぷりと

動物といっしょに遊べる公園に
外遊びも、子どもの成長にはとても重要です。
私は娘たちをつれて実家に遊びに行くときは、自然のなかで学べることは無限にあります。
近くにあるこどもの国によく行きました。
ここのポニー牧場やウサギやモルモットに触れる子ども動物園で、娘たちは時間を忘れて動物と遊びました。
私がとくに大切にしたのは、生き物も含めて自然にふれるということ。
娘たちはどちらかというとインドア派で、本を読むのが好きだったので、知識を得ることは容易だったのですが、体験の場がなければ、その知識を使える状態にすることはできません。

 

子ども部屋がすっきり片づいた後

たとえば、馬が主人公の物語を読むのなら、ろさもダイナミックになるのだと思うのです。
本物の馬がどんな大きさでどんな感触、匂いがあり、どんな動きをするのかなど、実物にふれることで、物語のおもし家でも生き物を飼っていたことも理由のひとつかもしれませんが、動物が好きだった娘たちの将来の夢は、そろって獣医さん
でした。
車でキャンプへ
生き物だけではありません。外遊びによって肌で感じた自然--植物や風や雨、覚を実感することもでき、自然にふれる体験は子どもを大きく育てます。
空気の温度や湿度など-から、きれい、暑い、寒い、気持ち良いなどの感情や感ですから、できるだけ意識して、娘たちを外に連れ出すようにしていました。
母さんは大きくうなずきます。
子どもをつくる作家の吉川英治氏
母さんに自分を見てほしい自分に注目してほしい
外に出て、広いところで思いっきり体を動かすのはそれだけで気持ち良いですし、トレスにならないのでよいですね。
子どもがどんなに大声で騒いでも、親はそれをほほえましく見ていられるのもスわが家では車でキャンプにもよく行きました。
テントを張ったり、火起こしを手伝ったり、カヌーに乗ったり自然は子どもにとって最高の環境なのでしょう。
家の庭でテントを張ってお泊りしたこともありました。

習い事も良いと思ったら何でもやらせた

ピアノに水泳お絵かき
ㄊㄧ︶最近の子どもの習い事事情を見ると、小学校低学年まではいろいろな習い事をさせて、せるというパターンが多いように思います。
中学受験が視野に入る頃になると、習い事をやめ、少しずつ学習塾に移行さ中学受験塾は4年生から本格的な受験準備に入り、うのです。
5年生にもなれば週に3~4日通うことが多いので、それ以外の習い事をやる時間は必然的に少なくなってしまだからこそ、比較的時間に余裕のある幼少期には、いろいろな経験をさせるという意味でも、習い事に人気が出るのでしょう。

 

子どもに伝えるのです。

今は様々な習い事の情報がすぐに見つけられるようになりました。体験レッスンも充実していて、まずは軽い気持ちでやってみてからの入室も当たり前。
以前に比べて子どもの習い事を始めるハードルは低くなっているように感じます。
そんな環境のなかで、子どもにどんな習い事をさせたらよいのでしょうか。
純粋にピアノが弾けるようにサッカーができるようにといった技術の習得はもちろんですが、うちの子は運動が全然ダメだから、スポーツ教室で鍛えてもらおうといったできないことをできるようにすることを目的とするケース。
子どもをもつ

育てることにはあまり意味がない

これからは英会話くらいできないと、大人になって困るからといった、将来のために少しでも有利な状態を整える
ことを目的とするケース。
習い事に求めるものは、ご家庭によって異なります。
異なって当然、それでよいのだと思います。
得られるのは技術の習得だけではない
私は娘たちにはいます。
とにかく何でもやらせたい
という思いで習い事をさせました。
スタートは娘がやりたいというより、私がやらせたい
ものが多かったように思
このときも女の子だからこれをやらせようという考えはありません。
当時はまだインターネットなども普及しておらず、電話帳で調べたりママ友に聞いたりして必死に情報を集めていましたから、習い事に対する意欲はとても高かったのだと思います。