子供はお父さんのことが大好きなのです。

体験するでしょう。

しかもユダヤ人は戦争を仕掛けたのではなく、戦争に巻き込まれた、被害者である。日本人は、あの戦争で三10万人死んだと言うけれども、こちらは、戦争の仕掛け人であった。
ユダヤ人は、ただユダヤ人であるということで、戦争のトバッチリをうけたのであるナチスは、ドイツ民族の優秀性を守るために、ユダヤ人を抹殺せよとばかり、大量に虐殺した。非道極まることであるしかし、アンネの日記を見ると、彼女はナチスの行為を憎んではいるけれども、そういう運命を与えたものを恨んだり憎んだりはしていない。もしも日本人が、自分が仕掛けたことではないのに、六00万人も殺されたら、神も仏もないと恨みに恨むことであろうアンネはこのようにひどい目に遭わされながら、神様があるから、私たちはこんな目に遭っているのですという文章を書いている。

  • 母親を見て育つのですから事実
  • 子どもの欲求や感情といった内面的
  • 子どもに負けずいらだつ。

子供同士のケンカで相手に失明させるこの言葉を、アンネの日記は読んでいるけれど、アンネの神について理解することの少ない日本の若者がどう受けとめているか私は一人一人に聞いてみたいと思う。
神様があるから、こういう残虐なことがある、神様がこういう残虐な生き方を自分たちに与えたのだから、それに従う。そしてもし命が与えられたら、その残虐の記録を残して二度とこんなことがないように、自分たちの不幸を役立てたい。こうした考え方は、永遠URして目を開き、神の存在に従順なものでなければ抱くことができない。自分の目に映る現象だけを追っているひとにはわからない。
このアンネの強さは、神をしっかりととらえているからである。人間はどこから来たか神がこの地上に自分たちを送ったのだ。自分たちは神の心のままに生きなければならぬ自分たちの生き方を左右する絶大な力は神のみが持っている。
日本の青少年、そして大人も含めて、人間の上に君臨する神を信じている者は少ないなのにアンネの日記にこんなに深い興味を持つということが、私は不思議でならない。
それをもって希望としていいか、驚きとしていいか。育てるものです。

 

子どもに頭が下がるなんて

希望としていうならば、アンネの日記を読むことで、神のある人生というのがどんなにみごとなものか、そして自分を本当に生かすというのは神の心にかなう道をたどること。それを学ぶことにもなろう。
私がもう一つ、アンネの日記に胸を打たれるのは、彼女がキリスト教徒ではないということ。キリスト教徒は、キリストによる救いを得ることができるが、キリストを認めないユダヤ人は何千年の昔から、これからの将来、いつあらわれるかわからない救いを待たねばならぬ。キリストによって神への語りかけが許されるキリスト教徒とちがって、自分自身で直接神をよばなければならぬユダヤ人は、どんなにかつねに神にむかって緊張しつねに恐れていなければならないだろう。しかも自分自身だけの信仰で神を見なければならぬ。
中学生グループ
子供自身が親になったときかもしれません
一所懸命祈りながらアンネは死のきわまでどんなにか神をあえぎ求めたろうかと哀
れになる私は、アメリカ、イギリス、フランス、ドイツ、オーストリーなどには旅人として、あるいはわずかな滞在者として行ったことはあるけれども、外国の教育について、そうたくさん知っているわけではない。そのあたりで知った、学校あるいは家庭での子供の教育が日本と違う点は、そこにキリスト教の神という絶対者が存在し、そこから送り出された人間として自分の子を見、自分自身を見、自分のはかる物差しを正しくするために、つねに神への祈りが欠かされていないことだと思う。イギリスやフランスの教育は、神に対してどれだけ自分が忠実であるか、つねに神というものを考えると、本当の理性が身につくという考え方に基づいている。

 

母の言い分であるそのほ

平塚益徳さんの日本の家庭とこどもによるとドイツでは、合理的精神とはどういうことかを教え、アメリカでは、他者のためにどれだけ自分が手を差し伸べることができるかを教えるが、この教えの源には神がある。神がこの地上に人間を送ったということはお互いに平和に、仲よく暮らしなさいという至上命令があるためで、そのために自分たちがどれだけ役に立つかということに戻ってくるのだと思う日本でも、多くの校長先生が、一人はみんなのために、みんなは一人のためにあるいは、一期一会意志の強い子にする謙虚な人間を育てるといった目標をそれぞれ立てて、教育をしているようであるが、校長先生は、その根拠をどこに置かれてそのように言われるのか。

子供の方から話し出す場合が多い。

あるいは文部省の言う期待される人間像でも、日教組の言う教育改革でも、そういう大事業をなし得る人間が、その中心に何をすえているのか、私は人間自身がつねに過ちを犯しやすい弱者と思っているので、あまりにも堂々と立派なことを並べられるとすべてが絵空ごとに思えてくる。
親たちが子供をどうしつけていいかわからないと嘆く背後には、人間が地上に送られてきた意味を考える、目に見えないものの声を聞くという態度が皆無だからと思えてしまう日本人はおさい銭をあげて日本の神をおがむ。御利益がほしいのである。


育てるものです。 子どもの例をいっているのです 子育ての意味のすべて今